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空の色は、夕刻を過ぎ、大分薄暗くなってきていた。
思いの外、遅くなってしまっただろうか。
鞄と包みで塞がった左手の腕時計を確認すれば、一つ、溜息を吐いてしまった。
ドアノブに手をかけると鍵はあいている。ドアを開ければ、薄暗い廊下と灯りの漏れるリビングのドアが見えた。
「ただいま。」声を投げるも反応がない。
靴を脱ぎ廊下を進んで、娘の部屋の前に包みを置いて、リビングのドアを開けると、薄く笑んだ娘が其処に立っていた。
「ただいま、……母さんはどうした?」
そう、言ったか、言わないか。
娘に抱きつかれていた。
「どうした?」と、唇が動いたけれど、声は出なかった。
足元が覚束無い。
ただ、脇腹の熱さだけを感じて。じわり、と、広がっていくその熱さは。
娘は、よろ、と離れて廊下へと向かい。
わたしは、膝から床に落ちる。
娘の後姿、右手にきらめいたソレを見ながら、妙に納得できてしまった。
玄関へ向かう途中で、包みに躓いて転んだ娘を見ながら、言わなければならないと思った言葉を、咽喉から押し出す。
「誕生日、おめでとう。……来年は、母さんも一緒に、遊びにいこう、な?」
廊下の先から、誰かの泣声だけが聞こえていた。
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