1回 野球をはじめた

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 「えっ、なんかまたやったんですか?」  先生はさらに続けた  「震度7の体験をやる前に、パネルや写真で色々な学習をやりました。どんな大きな被害があったか、どれだけ大勢の方がなくなったか、大半の子は、これを聞いただけで静かになってしまいます。その上で体で体験する。となるんですね。ところが智理くん、実際に揺れが始まると、両足を広げて、必死でバランスをとってるんですよ。揺れが収まると、得意満面に、先生、俺、こけんかったで、上手やろ。いうんです」  「そりゃ、先生、叱ったでしょうね」  「そうですね。でも、後で思ったんです。ああ、この子は、そういうとらえ方をするんだと。その時点では機械を体験する前に学習したことが、まるで通ってなくて、今こけなかったことが自慢なわけです。多分話しの前後のつながりというか連鎖して考えることが苦手なんですね。けれども智理くんからすると、怠けているわけでもなんでもない。素直な感情を表しているわけで、こういう場合は叱るのではなく、その感情をくんだ指導をするべきでした」  僕は思わずうなってしまった。多分先生でなくて僕でも叱りとばしてしまうだろう。なんと難しいことか。  先生は続けた。  「智理くんは物事の受け止め方が、幼いというか、少し違うんですね。これだと、特に大人とのコミュニケーションは、うまく行かないかもしれません。どうでしょう、来年本校にスクールカウンセラーが来ます。一度相談されてみてはどうですか?」  スクールカウンセラー。僕はこの時初めて知った。心理相談業務を専門に行う、不登校や問題行動等に対応するための心理学的な知識の専門家であるという。僕はすぐ、その話しを承諾した。とにかく智理を育てていく上での手掛かりがほしかった。  外に出ると子供たちが、野球の練習をしている真っ最中だった。智理はレフトでノックを受けていた。こうやって、遠くから眺めていると、ごく普通の野球少年にしか見えない。  空を見上げた。冬が間近いグラウンドに秋の日差しが差し込んでいた。  1回の裏、いよいよ、入佐山の攻撃だ。いきなり、四点を背負っての攻撃。  「一番レフト村下くん」  アナウンスが流れると、待ってましたとばかり、吹奏楽部が一斉に応援の演奏をはじめる。コンクールも近いが野球部の応援がしたいと駆けつけてくれたのである。  
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