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湿気を含んだ風が、じっとりと汗ばんだ背中を通り抜けていくのが気持ち悪い。
途切れたままの携帯を呆然と見つめながら、次の行動が全く思いつかない。
やたらとうるさく騒ぐ心臓が鼓膜の隣にあるみたいで不快だ。
「…………今の電話、さっきの生徒くん?」
「カンケーないよ」
隣で様子をうかがう水野が、いったい何考えているのかさっぱり分からない。
「冴島君の彼女………生徒なんだね」
水野が膝を投げ出して、自分の足元を見ながら含み笑いを隠さず、呟いた。
オープントゥになっているサンダルから、きれいに整えられ、色をまとった爪が覗く。
歩く度に音を立てる高いかかとに並ぶラインストーンが、街頭に照らされてチカチカ反射する。
あの頃流行っていた、先の丸いスリッパのようなサンダルを履いていたときと同じ仕草なのに、今はまるで他人に見えた。
「らしくないよ、冴島君」
そう言うと、俺の顔をじ、と覗き込んできた水野の顔は、逆光のせいで濃い影を携えていた。
「賢いあなたが、こんなことしてるなんて、らしくない」
きっぱりと言い放つ、水野の強い瞳が俺の底を探ろうと鋭く射抜いてくる。
「水野、ちょっと今、頭忙しいから───」
「冴島君、私たちやり直さない?」
聞きたくなくて、遮ってきた言葉があっさりと吐き捨てられた。
じくり。
畑山の忠告が、蝕む。
『水野さん、冴島君に未練タラタラだって』
誰が、そんな機微を、望む?
「…………何言ってんの。
ケッコンするんでしょ」
すると水野は首を大きく左右に振った。
「白紙に戻ったの。
お互い気持ちに迷いがあって………。
一度距離を置くことにした」
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