第1章

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欲しくない言葉。 動かして欲しくない、時計。 「だから………」 「ないよ」 体を反転させて、ぐい、と俺に詰め寄っていた水野の体がピクリと、打つ。 「水野が、そうだからって………。 俺はそんなつもり、ない」 俺を捉えたあと。 あたり一面に広げるような息を吐いた。 「ねえ、話を聞いて。 なんでそんなに答えを急ぐの?」 何を話しても答えは変わらない。 だからこその即答なのに、水野はそれすら不満のようだった。 「冴島君に彼女がいても、その人が本当に一番いい相手かどうか、考えても罪じゃないよ?」 「ナニ、ソレ」 意気揚々と語る水野が、なんだかとても滑稽で苦笑いが落ちる。 「新しく自分にぴったりの相手がいたら、そっちに乗り換える。 言い方悪いけど、結局みんなそうやって、上を上を目指しているんでしょう? 前よりいい相手、今よりいい相手。 略奪とか言うけど、私はそんなに悪いとは思わない」 斜め上方向。 何の恨みがあるのか。 欠けた心許ない月を、怖いくらい睨みつける水野の横顔。 「…………いつから、そんなに値踏みする人間になったの」 「まんま、返すよ。 冴島君は、いつからそんな現実から逃げる人になったの?」 「逃げる?」 眉をひそめた俺に、水野は深く頷いた。 「そうだよ。 何も知らない子供に逃げてるじゃん」 大きく息を吸い込んで。 俺を向き返ると。 「自分が傷つかないように、自分のいいように操れる相手選んでる。 逃げてる以外、何だって言うの?」
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