第1章

7/36
176人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
水野の言葉が、俺を刺す。 誰よりもそのことを思う、俺を。 「お願い、冴島君…………。 目、醒まして?」 水野の手が俺の首に回される。 重力に逆らえなくなった雫が、頬を伝って落ちていくのを黙って見ていた。 「もう一度、私を見て…………」 囁くようにそう言うと、ゆっくりと近づいてくる水野の顔。 ピントが合わなくなり、唇が触れそうになったその瞬間。 「─────水野、」 ピクッと唇が、跳ね、動きを止めた。 「これ以上…………汚さないで」 ゆるりと離れ、お互いの視界いっぱいに輪郭が収まるほどの距離になる。 潤んでいるのに、光を映さない水野の瞳に、胸が泣く。 「嫌いにさせないで。 ─────頼むから」 首から去っていく細い腕。 睨むように俺を見つめたかと思うと。 静かに降り出す雨のように、雫は次第に筋になった。 決壊した涙腺。 顔を覆い、声を隠すことなく号泣するその肩を、ただただ見守る。 水野に触れるのは、もう、俺じゃないから。 黙って見上げた月には、レースカーテンのような薄雲がかかり、ぼんやりと柔らかな光を落としていた。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!