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大き目の書店だから初めは棚を覚えるのにも苦労したけど、今は迷う事無く目的の棚へ辿り着ける。僕は指定された本を連れて書架整理の仕事についた。
やる事があるのはいいことだ。本当にそう思う。
自分の行動の目的がはっきりするし、意味のある行動だと安心できる。それに、少なくともその間は退屈しない。
「――え」
退屈な時間が訪れると自分が嫌いになってしまうから、退屈な時間は大嫌いだ。
何もしていないと物事を嫌な方へ考える。勝手に思って勝手に落ち込んで勝手に――。
「ねえ」
唐突に声を掛けられて、また思考に没頭していた事に気が付く。周囲の都が一気に耳に入って来て、ほんの少し気持ち悪さを覚えた。
「すみません。なんでしょう」
仕事用の仮面を付けて微笑みながら振り返る。
「随分久し振りだね、セラちゃん」
そして後悔した。
馴れ馴れしく僕の名前を呼び、僕と同じように作ったような笑みを浮かべた男――水城ソラが立っていた。
僕の幼馴染の兄で、歌手。
そして、僕の過去を知っている唯一の人。
「まあ、避けていましたからね。貴方のこと」
「そうなの? ひどいな、はは」
鋭い視線を向けて対応すれば軽く流される。この男の何処となく掴めない雰囲気は元からだが、今でも僕は波に揺られているようで不快感を覚える。
本の入れ替えを終えるとカートに手を付いて体勢を直す。
「それで、なんで貴方みたいな有名人がこんな所に居るんですか?」
きつめの口調で返したつもりだが、ソラの事だ。どうせ気になんてしていない。
「こんな所って、自分の職場に対して酷くない?」
やっぱりだ。こいつ、まったく気にしてない。
「別に、芸能人がよく来るような店舗ではないので問題ありませんね。で、どうして此処に?」
「あ、気になる? 気になっちゃう?」
「まったく」
責めるような口調から一変、抑揚のない声でそう返しさっさと奥に引っ込もうとするとソラはちぇー、と言いながら不満を表に出す。
「他のお客様の邪魔になりますので、お帰り下さい」
周りの客の視線を感じて、セラは良い笑顔と共にマニュアル道理のセリフを吐いてカートを押した。空の口元が僅かに緩んだのに気付かずに。
「へー、セラちゃんそんな事言っちゃう? 俺に対して」
それは唐突に変わった。
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