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「…喉はたいしたことない
…………雄…、」
と、その時、
ビジネスバッグから着信音が流れ出して
小さくかぶりを振ったお父さんは
「……じゃ、またな、雄太」
僕の頭を軽く撫でると
携帯を手にドアの向こうへと足を向ける。
「――――――ッ」
”―――駄目 いかないで”
「駄目、駄目なんだ…!
今日、一日ずっと家にいてよ
――――お願いだから」
反射的に手を伸ばし、
腕を掴んで強く首を横に振る。
「……雄太!」
流れていた着信が途切れ、
代わりにお母さんの声が大きく響いた。
見上げる僕と見下ろす目が交わった時、
「……雄太、
今日はお父さんが担当した案件の最後の詰めだから、
どうしても行かなきゃ行けないんだ」
「―――――だけど…!」
『 行ったら… 死んじゃうんだって 』
開けた口が大きく動く
だけどその言葉だけが…声にならない
「…もう準備しなさい
分担だってきっと決まってるんだろ?
お父さんはお父さんの仕事をしっかりしてくるから
雄太も遅れずに行きなさい」
諭すように見つめるその顔が、
その目に映る僕が…だんだんとぼやけ始める。
「……おとうさ…」
と、急に割れるような痛みが頭を駆け、
ぐらりと視界が反転した。
「雄太!?」
意識が遠ざかる
あぁ どうして
どうして今なんだ
この先に続く未来を
何も変えられてないのに
「お、父さん、 お、とう……」
一気に押し寄せる言い表せない感情の中、
僕は必死に手を伸ばす。
だけど空を切った手は何も掴むことが出来ないまま、
僕は深い渦の中に落ちて行った。
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