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今、少女は何と言った? 聞き間違いでなければ、礼を口にしなかったか?
「あっ、ちがっ、そうですよねっ、すみませんでした!」
ハッ、と我に返った少女は慌ててそう言って頭を下げる。
「……名前」
「え?」
「……名前知らねーから、教えろって言ってんの」
俺は、何を言ってるんだ?
別に名前くらいどうでもいいことだろ。だって今しがた、振ったんだし。
自分の発言に驚いていると、目の前の少女が戸惑いながら口を開く。
「し、汐見です。塩川汐見(しおかわ・しおみ)」
「ふうん」
自分から聞いたくせに、もう用はないと言わんばかりに踵を返す航矢。
背を向けた航矢は知らない。
汐見が浮かべていた表情を。
「なあ! さっきの子可愛かったな! まさか付き合うのか!?」
「まさか。知らねえしアイツ」
「うわあ出たよ。冷たいね」
「うるせえな。殴るぞ」
「それは勘弁。航矢のは痛いからな」
苦笑しながら手を振るクラスメイト――笹塚千冬(ささづか・ちふゆ)に、航矢はふん、と鼻を鳴らして席につく。
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