10人が本棚に入れています
本棚に追加
突然したスレインの、ヒヤリとする声にクライスが背筋を正す。とても穏やかに笑う辺り、この弟は怖い。
「兄さん、これ以上卑怯な事をするようなら、この家を出ていくのは兄さんだからね」
「いや、スレイ…」
「言い訳しない! アルを試すような事をしているのは兄さんなんだよ。彼の挑戦から、逃げるの?」
ぴしゃりと言われてしまったら、もう逃げ道はない。いや、自分で言いながら「それはどうだろう?」とは思ったけれど。
「アル、明日も待ってるよ。兄さんの言った事なんて気にしないで」
「有難う、スレインさん」
思わぬ味方を得たようで、アルブレヒトは嬉しげな笑みを見せる。ここでタックを組まれたら、クライスに勝てる見込みはなかった。
「じゃ、今日はこれで帰るよ。クライス、貴重な時間を有難う」
立ち上がったアルブレヒトは、スレインにも丁寧に礼を言って出ていく。それでようやく、息がつける気がした。
「僕は好きだよ、アルのこと。兄さんは、どこがそんなに嫌なの?」
「生産性のなさ」
「身もふたもない事を言うよね」
呆れた声で返されたクライスの心中は、正直穏やかではない。嫌いな所を探してみる。
軽薄…では、なさそうだ。
淡泊…では、ないだろう。行動的すぎる。
ゲームをしている様子もない。
「僕ね、兄さん。兄さんを大事にしてくれる人なら、性別なんて気にしないよ」
「スレイン」
「父さんと母さんも、恋愛婚だったじゃない。そういうの、大事だと思う。今の世の中、アルみたいな人は珍しいよ。求めたって、得られるものじゃないもの」
確かに、そうなのかもしれない。権力で他人の人権を踏みつける事に何の躊躇いもない世の中で、アルのような人物は珍しい。
(あぁ、だから誰もあいつを悪く言わないのか)
今更ながらその事に気づいて、クライスは黙る。
「兄さん?」
「…お茶くらいは、許してやる。ただし、俺が遅い時は帰せ。危険だ」
クライスの言葉に、スレインは少し驚いた顔をして、その後で嬉しそうに頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!