1話

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 突然したスレインの、ヒヤリとする声にクライスが背筋を正す。とても穏やかに笑う辺り、この弟は怖い。 「兄さん、これ以上卑怯な事をするようなら、この家を出ていくのは兄さんだからね」 「いや、スレイ…」 「言い訳しない! アルを試すような事をしているのは兄さんなんだよ。彼の挑戦から、逃げるの?」  ぴしゃりと言われてしまったら、もう逃げ道はない。いや、自分で言いながら「それはどうだろう?」とは思ったけれど。 「アル、明日も待ってるよ。兄さんの言った事なんて気にしないで」 「有難う、スレインさん」  思わぬ味方を得たようで、アルブレヒトは嬉しげな笑みを見せる。ここでタックを組まれたら、クライスに勝てる見込みはなかった。 「じゃ、今日はこれで帰るよ。クライス、貴重な時間を有難う」  立ち上がったアルブレヒトは、スレインにも丁寧に礼を言って出ていく。それでようやく、息がつける気がした。 「僕は好きだよ、アルのこと。兄さんは、どこがそんなに嫌なの?」 「生産性のなさ」 「身もふたもない事を言うよね」  呆れた声で返されたクライスの心中は、正直穏やかではない。嫌いな所を探してみる。  軽薄…では、なさそうだ。  淡泊…では、ないだろう。行動的すぎる。  ゲームをしている様子もない。 「僕ね、兄さん。兄さんを大事にしてくれる人なら、性別なんて気にしないよ」 「スレイン」 「父さんと母さんも、恋愛婚だったじゃない。そういうの、大事だと思う。今の世の中、アルみたいな人は珍しいよ。求めたって、得られるものじゃないもの」  確かに、そうなのかもしれない。権力で他人の人権を踏みつける事に何の躊躇いもない世の中で、アルのような人物は珍しい。 (あぁ、だから誰もあいつを悪く言わないのか)  今更ながらその事に気づいて、クライスは黙る。 「兄さん?」 「…お茶くらいは、許してやる。ただし、俺が遅い時は帰せ。危険だ」  クライスの言葉に、スレインは少し驚いた顔をして、その後で嬉しそうに頷いた。
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