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駐車場に停まる一台の白いワゴン車。年季が入っているものの、主の性格を如実に現しているのか車内はきれいに整えられている。
棟方葉月は、そのワゴン車から長い足を静かに滑らせると、駐車場のアスファルトの上に降り立った。
傍にある大きな桜の木におもむろに近づいていくと、ゆっくりと見上げた。
優しく、キスするかのようにざらついた桜の幹に白く長いほっそりとした自分の指先をそっと添える。
葉月の見上げる視線の先には拡げられた枝葉が可哀想なほど貧弱で、青い空を斑(まだら)に映し出していた。
長い睫毛(まつげ)が瞬きの度に躍り、憂いを含んだ瞳を一層艶やかに演出させる。
もう、桜はすっかり散ってしまっていた。初恋に似た淡すぎるほどの薄紅色の花は、見る影もない。満開だったのは、二週間も前のことになる。
花散らしの雨が名残惜しむ暇も与えず、無情に桜を散らし、今度は、大地一面をその桜色で見事に染め上げたのも束の間、それすらどこかへ行ってしまった。
花の命は短い…。
こうやって私も忘れられていくのだろう…。
葉月は、そんなことをぼんやり考えながら、時折吹く風に、長いストレートの黒髪を撫で付けた。
もうじき…終わるのだ。
幾度目の春であろうか。しかし、葉月にとっての人生の春は、まだ本当には訪れてはいない。
葉月は、満開の桜を散ってしまった枝葉に思い描くと、決意を新たにワゴンの中から、ダルマのように膨らんだ大きめのショルダーバッグを取りだし、花束を抱えた。
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