クライアントNo.03 アネモネ

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 駐車場に着くと、自分のみすぼらしいワゴンの横にこれでもかと嫌みなほど誇示してやまないアノ車が駐車していた。  ーーーアノ車。銀の騎士の乗る黒いリムジンだ。    葉月は、誰にも見られないようそっと後部座席に乗り込んだ。missionはメールで送られてくるとは限らない。直接銀の騎士から告げられることもあるのだ。もっともこの場合は、葉月は決まってあの屈辱を受けねばならなくなる。  熱い抱擁とキス・・・。  男につながれたくない葉月にとってこの上ない屈辱。ビジネスパートナーと口では言うものの何を考えているかわからない「男」。銀の騎士。その正体すら、葉月は知らない。  しかし、葉月に、奇妙な力を与え、支配の鎖から解放してくれたのも事実である。今のところ、本懐を遂げるまで葉月はこの男につき従うほかない。この男が消えればこの葉月に備わる力も失うことになるのだから・・・。  「やあ、葉月。久しぶりだ。顔を見たくなってね・・・。元気にしていたかい?」  口元だけが見える仮面のうかがい知ることのできない姿。長身に肩までの柔らかい髪と口髭。これが、銀の騎士だ。 「それだけなら、降りるわ。忙しいの・・・」  葉月の目が怪しく光る。赤いトパーズのように澄みきった赤だ。   「残念ながら、その仕事なのだ、葉月。こうして君に会えたというのに色気のない話でまことに恐縮だ・・・」  口髭を蓄えた口元がわずかに口角を上げる。そして、銀の騎士は静かに真正面を見据えたままクライアントの話を始めた。  葉月も黙って、前を見据えたまま、その話を無表情で聞いていた。
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