クライアントNo.03 アネモネ

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 大型を運転する女性ドライバーを『姫トラ』と俗に呼ぶ。揶揄(やゆ)する者。愛着を込めて呼ぶ者。自称する者。さまざまであり、いい意味で用いられたりも、悪い意味で用いられたりもする厄介なスラングだ。死語になりつつあるというものさえもいる。  クルミのとって、『姫トラ』はあこがれの呼称。さすがに、自称するには気恥しさで控えたが、たとえ、嫌みで使われたとしても悪い気はしなかった。  朝から晩までの過酷な労働。若くて肉体派のクルミは、仕事をこなしながらの子育てを強いられる。身寄りはない。正確にはあったのだが、クルミが結婚した時に母親から勘当された。若気の至りによる結婚は長続きしないと踏まれたからだ。  勘当というともっともらしいが、母親には新しい男がいた。父と離婚してから母親にはとっかえひっかえ新しい男ができた。けれど、数か月と交際が続いたためしがない。クルミが気付くと常に知らないおじさんが自分の家を我が物顔で占拠していた。  子ども心にクルミは、それが嫌で仕方なかった。反面教師。クルミは、母親の生き方に反発した。  節操のない生き方は嫌だ。愛すべき男は一人…。  しかし、その『予定』は、脆(もろ)くも崩れ去った。激しい暴力。付き合い始めた時には優しかった彼。あまりの豹変ぶりにクルミは驚いた。母親の二の舞は避けたい。必死で耐えていたがエスカレートする暴力にクルミは耐え切れなくなった。  ついにクルミは、子供を引き取ることを条件に離婚した。
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