クライアントNo.03 アネモネ

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 子供といられる時間は短い。朝早く夜遅い仕事。保育所に連れて行くと決まってナオはお腹が痛いとぐずりだす。まだ、三歳。母親の愛情が欲しい盛りの男の子だ。  クルミは、それを何とかなだめるのに苦労した。飴やおもちゃで釣っている隙にそっと離れて会社へ通勤していたが、ナオは騙されるものかとシッカリ母親の服の裾を握って離さなくなった。笑顔でバイバイするも頭(かぶり)を振り乱して泣き叫ぶので、クルミはほとほと困ってしまっていた。  仕方のないクルミは、しゃがんで、ナオに目線を低く合わせ、根気強く丁寧に自分が仕事であること、必ず、迎えに来ること、どれだけナオが好きで仕方ないことを説いて聞かせた。毎日、毎日。送り迎えのたびにである。  初めは、聞く耳など持つはずもないナオは、泣き叫んでいたものの次第に様子は変わって行った。三歳児に理解できるはずもないと半ば、クルミも諦めていたのだが、ナオは健気に泣くのを堪えて必死にうなづくようになった。  そして、今では自分から進んで保育園に通うようになり、「だってママは僕のためにいっぱい頑張ってるんだから僕もいっぱい頑張るもん」と言うようになったのである。  クルミ の胸が鷲掴みされるほどの痛みを感じた。まん丸でスベスベのナオの小さな体をクルミは、その度に抱き寄せた。
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