天使の甘言

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「母ちゃん、ちょっと外行くね」 靴を履き替えて、台所に向かって言う。すると母ちゃんは顔出す。 「もう遅いから車に気をつけるのよ。なるべく早く帰りなさいね」 「いってきまーす」 消えかけた街灯に照らされ、深呼吸する。 村井さんと二人っきりかあ。 いや、そうじゃないのかも。 でも、待ってくれてるんだよね? 複数人でおれだけのために待つか、普通? 待たないだろう。そもそも、そんな酔狂な知り合いもいない。 「友達なんて0だぜ。村井さんはもう友達って言ってもいいかな?」 おれは浮かれながら、いつもはうつむいて歩く道を前を見て歩いた。 すると、世界がすこし綺麗に見えた。 色とりどりの明かりのせいかもしれないけど。 駅前はまだ人通りが多く、賑やかだった。 おれは人ごみを避けながら、本屋へと向かう。 ガラス窓越しに、村井さんが雑誌を読んでいるのが見えた。表紙は今話題沸騰中のハーフタレント。 「ファッション誌ですか」 おれはファッションなんて、あんまり興味がない。髪を整えたことすらあまりないんだ。 ファッション誌なんて無縁のものだ。 店内に入るとおれは村井さんの肩をとんとん、とたたいた。 「来てたなら声かけてよー」 彼女は笑いながら雑誌を元の場所に戻した。そして、髪をさっさと手櫛で梳くと「じゃあ、行こうか」と柔和なとびっきりの笑顔を見せた。 しばらく、惚けてしまった。 「ど、どこに?」 慌てて声を出す。 「さっき言ったじゃーん」 あ、マクドナルドか。 おれはポッケに手を突っ込んだ。あれ、財布ない。 「ははーん。さては、財布探してる? お金はわたしが持つから、大丈夫。これも言ったじゃん!」 少し呆れながらも笑ってくれる。彼女に奢らせるなんて、そんなおこがましいことはできない。 いま、おれはとてもなさけない。
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