天使の甘言

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枕にうずめた顔を上げ、暗闇に目を凝らす。 もっとも、信じるほうがおかしいのだろうけど、おれは『幻聴』ってやつと向かい合って話したくなった。 「見えないけど」 おれはベットから起き上がると、部屋の明かりを点した。 どすんとベットに胡座をかく。 見渡す限りのいつもと変わらない、おれの部屋。 幻聴にまでからかわれる始末。 「だるいから。そういうのうんざりしてんだ」 悪魔か? おれを惑わそうとしてるな? 悪魔め! この野郎。そして、命を刈り取るのか? この野郎! みんなそうだ。 おれに近づくやつは、「おれ」を見てるんじゃない。その先にある「目的」を見てるんだ。 村井さんだって、おれを通り越して「大間知涼」をうっとりと見つめていやがったんだ。 『よく見てよ。見えない?』 「黙って消えろ、明日にでも精神科に行くから。消えろ」 『見えないなら思う存分、中指立ててやろう』 少女の声が低くなる。そして、こいつ。中指を立てていやがんのか? 何もない空間にそっと目をやる。 『いい間抜け面だね』 声の方角に手を振る。感触はない。まあ、当たり前か。 『どこ見てんの? こっちこっち』 「てめー、からかうのはやめろ!」 おれは右腕を振り回し、見えないやつを殴りつける。 かすりもしない。当たり前なのに、おれは暴れる。ひと暴れして汗をかき、物を元の位置に戻し、ため息。 「……もう、疲れたんだよ」 おれは息を荒げたまま、ベッドに力なくよろよろと腰掛けた。 「もう、これ以上生きてても意味なんてないさ……」 『悟ったの?』 「悟った。もう、明るい未来なんてないんだ。大きい犬なんて、新築マイホームなんて、可愛いお嫁さんなんて、自分の子供なんて、出来そうにないし。生きてても、夏原恭平の人生はそれはそれは過酷でエベレストより高い壁、難所だらけだよ」
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