天使の甘言

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『ふふ……』 含み笑いをする幻聴。何が可笑しい? この幻聴はおれが生み出したも同然だから、相手を馬鹿にしてイライラさせるのかもしれない。 ずっと前に言われた。 『お前って、人を見下したように見てるよな』 誰だっけ? そうだ、中学三年生のときの担任。髭モジャの脳味噌が筋肉で出来てそうな体育教師だった。 みんながわいわい合唱コンクールの課題曲「モルダウ」の練習をしているときだったっけ? おれは歌うのが嫌で、同じアルトを歌うクラスメイトのやつらも嫌いだったので、その場から逃げるためによく仮病で保健室に行った。 いつも、ではないけど、たびたびいなくなる僕を気にかけてか、担任がおれの様子を窺いにきたときだ。 「どうして体調が悪くなるんだ? 歌ってるときに限って」 「あんまり、一緒にいたくないです。あの中に喧嘩している子がいるんで」 嘘だ。あのとき、とっさの嘘をついた。 「そうか。誰なんだ、その相手は?」 言えるわけない、いないのだから。 押し黙る僕に担任はため息をついた。呆れているのだろう。おれが嘘をついてるってわかったのだろう。 こういった。 「お前って人を見下したように見てるよな」 ……。 『どうしたの? 固まっちゃって』 「トラウマだ。なぜか、トラウマがね、ポンって出ちゃった。聞き流せばよかったのに、そのときのおれは受け止めて、そのまま引きずっているんだ」 おれは枕を無意識に殴っていた。ストレス、焦り、何だ? 怒り、憎しみ? 『じゃあさ、トラウマ消しちゃわない?』 「はあ?」 「楽しい思い出で埋め尽くそうよ。頭の引き出し全部に思い出を埋めよう」 そのときだけど、 薄汚れたアニメキャラクターのぬいぐるみのそばにおれと同じ背丈の女の子がいた。うん、確かにいた。 目を凝らすと消えちゃったけど。いたんだ。 村井さんより、目がくりくりしていて、短く切った黒髪の純真無垢そうな出で立ちの。無邪気そうで、笑顔が似合う。男の子っぽさがある少女。 僕の理想の女の子像だった。 
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