天使の甘言

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築20年の木造の家は床が軋む。 おれは出来るだけ、足を滑らすようにして歩く。それでも階段を下るときはぎしぎしと音が鳴ったのであせった。 母ちゃんは結局、おれが玄関を出るまで気づかなかったようだ。寝室からは物音がない。 おれはポッケに300円入れた。これは途中のコンビニでなんか買おうと思ってるからだ。 ちなみに目的地は、幻聴は川原に行こうとおねだりしてきたのでそうすることにした。 あの東屋には近づかないけど。 『夜の空気は美味しいね、恭平くん』 どこからともなく、声が聞こえる。 普通なら怖いけど、その声には怖いと思えない暖かさと現実味があった。 「まるで、隣に本当に女の子がいるような……」 『なんか言った……?』 彼女は見えない。おれは辺りを見渡す。 誰もいないな? もし、ぼそぼそ独り言呟きながら歩いてると思われたら大変だ。 「途中でコンビニに寄るけどいい?」 『いいよー』 五月の夜はまだ肌寒い。 かすかな虫の音に耳を澄ませながら、人気のない住宅街を歩く。 にっくき大間知の家を通り過ぎ、町を出る。 『目的地の川原なんだけどさ、その近くに蛍が出るとこあるんだって!』 「どこ情報だよ……」 『幽霊情報!』 「洒落にならないから、やめて。まじで幽霊?」 幽霊。もしコイツが幻聴ではなかったら? そもそも、幻聴なのにさっき、見えなかったっけ? 脳が錯覚を起こしている。そう信じたい。 だけど、幽霊だったら。おれは呪われてんのか? 「な、南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」 『効かぬわ、小僧』 幻聴が声を張り上げる。ヤバイ、こいつまじもんか!? 「我を守りし精霊よ。その力で我を救いたまえ……」 『グッハァーーッ! やられた! おお、いたた』 「もうやめよう。おれは今、虚しい」 『あい、わかったよ』
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