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『楽しいことしにきたんじゃん』
そうか、そうか。
「きみ、名前は?」
おれはげっぷを堪え、訊いた。
「水野 奏です。ここから見える、あの学校に通ってる三年生です」
ああ、忌まわしきあの校舎。あれはまさしく、おれの母校。
「あー西中生か?」
「そうです」
忌まわしき母校で彼はおれの座に間違って鎮座してしまったのだ。
「水野がいじめられ始めたのはいつ?」
「中二の秋頃です」
あの頃はおれが体育祭で下手糞なアナウンスをお披露目した時期か。トラウマが詰まった記憶の箱が頭の中でパカパカ開く。
腐った柔道着を着せられた。弁当箱をつぶされた。教室に閉じ込められた。
集団にぼこぼこにされた。下級生にちょっかいかけられた。頭にワックスをかけられまくった……。
「大丈夫ですか? 顔、青いですけど」
「いや、もともとだから気にしないで」
おれは頭をぶんぶん振った。消えてくれよお。
「僕がいじめられたのは間違いなく、彼らがいじめてた相手が消えてしまったからです。転校しちゃったんですね。向こうで元気にしてたらいいけど。
それで、あいつら悩んだんですね。暇だって。いじくる相手が、金づるがいないって。僕はクラスでは影の薄い方でした。
もう、決まったも同然ですよね?
僕も察しました。でも、そんな訳ないだろうと高をくくってました。
そしたら、「お前、ターゲット決定!」ってクラスの真ん中で声高々と宣言したんです。次の日から、僕の机はありませんでした」
彼はストローでずごごごごと啜ると、嗚咽交じりにまた泣き出してしまった。
『学校は社会の縮図とはよく言ったものだね。君もそんな感じだよね?』
そうだ、おれは彼と同じ、でも違う。
彼はまだやり直せる。
「おれと友達にならないか?」
「すいません、お名前は? ぐすんっ」
手の甲で涙を拭い彼は鼻水を啜った。
「夏原 恭平。高校一年生。一個年上」
「先輩、ですか! でも、いいんですか? 僕となんか……」
こうなりゃ、やけだ!
「おれが守ってやるよ!」
コーラのペットボトルを高々と掲げると一気に飲み干した。
彼は英雄を、救世主を、神を見る様な、きらきらした期待に満ちた目でおれを見つめ、両手をすりすりして祈った。
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