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次の日は、というか……もう次の日だった。
おれはひたすら姿の見えない「カオル」と寝ずにずっと雑談をしていた。
彼女は、声だけの存在。
おれにしか聞こえない声。
『わたしはどこにでもいるし、いつからか、あなたのそばにいた』
「なんだそれ」
小馬鹿にして笑うと、こいつは少しムキになってベット下に隠してたエロ本の内容を唱え始めた。耳を塞いでも直接語りかけられるのはきつい。
『君みたいな人の元には普通は来ない』
「別に来てほしくなかったよ」
そう言うと、おれが村井さんの写真を大事にしていることを耳元で脅すように囁いたので、おれはひたすら頭を下げた。
つまらない話ばかりだったけど、彼女はくすくすと笑い声を狭い部屋に響かせた。
「君の声は誰にも聞こえないのかー」
『悲しいけど、事実ね』
彼女は悲観してはいなかった。むしろ、そんなそぶりも見せない。声音も相変わらず弾んだまま。
何がそんなに面白いのやら……。
彼女は、見る、聞く、話すはできた。
でも、触る、味わう、嗅ぐなどはできない。呼吸はしていない。見えないが今、おれの布団の上で膝抱えて、ぷかぷか浮いているらしい。マジか。
気づけば、カーテンの隙間から光が漏れていた。朝だ。
雀達の合唱の中、一睡も出来なかった重い頭をかきむしり、おれは朝食の匂いのする一階に下りた。
廊下で一つあくびをすると二階から声が聞こえた。
『ねぇ』
階上を見上げる。
何もない空間。
『わたしはここにいるから』
「え、離れることが出来るの?」
これは驚きだ。おれの精神異常の癖にこうも自我がある上に、独立することも可能なのだから。
「じゃあ、食べてくるから。きみはゆっくり寝ていてくれ」
『うん』
それっきり声がぱったり途切れた。はあ、見えないから、本当に離れてるかどうか確かめる術はないけど。
というか、彼女は眠るのだろうか?
「恭平! 起きてるなら早く食べてよー」
「今行くよ、母ちゃん」
おれはあくび交じりにリビングに入った。
「眠るわきゃねーか……」
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