【9】黒から白は、生まれない

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季節は青い春、暦は5月の半ば。 俺はその日も何時ものように、彼女と朝食を共にし、車を走らせ、研究室へと向かった。 まだ夜の冷え込みが壁に染み付いているこの時間の、この静けさが、俺は意外と気に入っていた。 彼女が家に来てから、妙に朝が清々しい。 「……ん?」 研究室のドアへ、鍵を差し込もうとした時だった。 壁とドアの隙間に、小さく折られた紙切れが挟み込まれている事に気が付く。 引き抜いて広げてみると、それはA4レポート用紙を半分に切ったモノで、そこに癖の強い字で綴られていたのは、学部、学科名、フルネーム、そしてラインのID。 ご丁寧にピンク色のカラーペンで如何にも可愛らしく添えられていた文章を、細めた目で追った。 「球技大会の時、2階席から見てました。かっこよかったです。よかったら連絡クダサイ――……」 またこの手のお誘いか。 やはり球技大会なんて目立つ祭り、意地でも出るんじゃなかったと、この数日間何度後悔の溜め息を吐いた事か。
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