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「美緒さん、俺」
「ほら顔上げて。染みるよ、我慢してね」
下唇の少し下に、そっと当てられたガーゼ。
エタノールの香りと、甦る記憶に、鼻の奥がツンとなる。
「ごめん」
「何が?」
「俺だけ何もないとか、許せないよな……」
「何言ってんの。私は大人で、あなたは子供だから当然のことでしょう」
その人はふわっと笑うと
「今までありがとう、旦那とは上手くやっていくから」
そう言って、俺の頭をくしゃりと撫でた。
――それを聞いて、俺はやっと親父の言葉の意味を理解した。
最初からこの人は他の人のモノで、ガキの俺には手に入れる事など元より不可能だったのだ。
ならばその人にとっての俺は何だったのかと真意を問いたくなったが、傷付く事を恐れた本能がぐっと喉を締め上げ、言葉にする事は出来なかった。
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