【9】黒から白は、生まれない

60/65
前へ
/678ページ
次へ
「無理です、嫌いになんてなれません」 それは初めて耳にした、強い意志を持った声色。 余りに驚いて一瞬視線を奪われたが、すれ違う車の風を切る音にはっとして慌てて前に向き直る。 「だって、過去も今も、春樹さんは春樹さんです、わたしは嫌いになんてなれません……!」 細い声と途切れる息を繋ぎ合わせて、彼女は訴える。 「だから……そんな顔、しないで、くださ……」 「……ごめん」 ハンドルから左手を外し、彼女の頭へ乗せた。 「春樹さ……わたしは嫌いになんて……」 「優愛、分かったから。泣くな」 これ以上は聞かまいと、少し乱暴に彼女の頭を撫で、下を向かせた。 けれど撫でる程に彼女の涙は止まらなくなるようで、酷く動揺した思考は更に混乱を増す。
/678ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6455人が本棚に入れています
本棚に追加