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「降りて」
マンションに着くや否や、車を降りて助手席にまわり、彼女の腕を強引に引いた。
「ごめん」
驚きで固まった身体を精一杯の優しさで包み込み、頭を撫でる。
「強く言い過ぎた。お願いだから泣くな」
「春樹さん……」
彼女は恐る恐る俺の背中に手を回し、ひ弱な力で俺に応えた。
……おかしい。
これで涙は止まる筈なのに。
彼女は必死に声を殺しながら、背広を濡らし続ける。
「ごめ、なさ……わたしが聞きたいなんて、言わなければ……」
「話すと決めたのは俺だ」
彼女は何も悪くない。
誰が見ても瞭然な否は俺の方で、今与えている優しさも、更に彼女を苦しめるだけの矛盾でしかない。
……そんな事は分かっていても、涙の前では全てが無力だ。
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