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部屋には、ひと組の老夫婦がいた。
二人とも、優しさが顔に滲みでていて、
それでいて、
何かに疲れ果ててしまったような、
そんな雰囲気を持った夫婦だった。
「失礼します」
京一郎が挨拶をして、
部屋に入る。
そして塔子も、それに続いた。
広めの室内には、
ダブルベッドとソファーが置かれ、
ソファーの前に
大きなスクリーンと映写機がある。
京一郎は塔子に、部屋の照明を
落とすように指示をして、
それから映写機のスイッチを入れた。
薄暗い室内に、
映像が浮かび上がる。
浜辺で撮られた、家族の映像だ。
小さな男の子が映っている。
その片方の手を若い父親が、
もう片方の手を若い母親が握っていた。
三人は手をつないだまま、
波打ち際で、はしゃいでいる。
男の子の楽しそうな声が聞こえる。
老夫婦は並んでソファーに座り、
映像の中の家族と同じように、
お互いの手を握って、
その映像を見ている。
懐かしい過去を見るような目で……
そして、その老いた妻の目から、
ひとすじ、涙が流れた。
京一郎は冷蔵庫に入れてあった
シャンパンと、グラスを二つ取り出して、
老夫婦の前に、静かに置いた。
「一時間後に、また来ます。
それまで、ごゆっくりお寛ぎください」
そう言った後、京一郎は、
グラスの横に小さなビンを置いた。
ビンには『睡眠導入剤』の文字があった。
「もし必要ならば、お使いください」
その京一郎の言葉は、
映像に見入る二人にはもう、
届いていなかった。
老いた夫も、肩を震わせて
泣いていた。
京一郎は、塔子を連れて部屋を出て、
そっと、ドアを閉めた。
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