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「君はもうわかっていると思うが……」
京一郎は塔子に向かって、
さっきよりも真剣な声で、
話し始めた。
「このホテルに来るお客様は、
皆、同じ目的を持っている。
それは、この薔薇色のホテルで、
人生最後の日を過ごしたい。
そして、ここで最期を迎えたい、
そういう目的だ。
つまり、我々がお客様に提供するのは、
『終の棲家』……ということだ」
「ついの……すみか……」
それは塔子にとって、
初めて耳にする言葉だったが、
京一郎の言っている意味は、
十分に理解できた。
「ここにいるお客様は皆、
何らかの理由があって
自ら死ぬことを望んでいる。
我々は、お客様が思い残すことなく
死んでゆけるように、
最後のサービスを行うんだ。
『薔薇色のサービス』を……」
京一郎はそう言って、
溜息をひとつ、吐いた。
「さっきの二人は、
一週間前に交通事故で、
息子夫婦とお孫さんを、
亡くされたんだ」
「あの、映像に映っていた
ご家族ですね」
「そうだ……
あの映像に映っていた海からの帰り、
家族の乗っていた車に、
赤信号を無視したトラックが突っ込んだ。
トラックの運転手は、酒に酔っていた。
家族三人ともが、即死だった」
「ひどい……」
塔子は、さっきの部屋で、
幸せそうな家族の映像を見ながら
手を握って肩を震わせている、
あの老夫婦の姿を思い出し、
二人の気持ちを察すると、
切なくなった。
「あのご夫婦にとっての、
生き甲斐がなくなって、
残ったのは、とてつもない
悲しみだけ……
生きている意味がないと思うのは
当然かもしれないですね」
塔子は、今にも泣きそうな声だった。
「君が同情するのはわかる。
思いやりを持つことは大切だ。
だが、我々スタッフの使命は、
お客様の目的を達成させることだ。
お客様に感情移入してしまえば、
目的の達成は難しくなる。
我々スタッフは、目的達成のための
サービスを行わなければならない、
そのことを忘れるな」
その言葉は、少なからず塔子に
恐怖を与えた。
そして塔子は、京一郎の言う、
『薔薇色のサービス』の本当の意味を、
これから、知ることとなる……
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