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「丸山さん、私も行っていいですか?」
大股で歩く丸山の背中に美貴が声を掛ける。
「ん? まぁ美貴ちゃんならいいだろう。だがこれから見るもんは一切他言無用だぜ」
「はい。私、口は堅いです」
山崎と美貴が連れていかれたのは、ロボット達の居住空間の中にある用具室の裏だった。
用具室と壁との間にある、やっと人がすれ違えるくらいの狭い空間に“それ”は在った。
「これは……」
山崎はそれを見た瞬間、言葉を失った。
「どうだ、ちょっと凄いだろう?」
丸山はまるで自分がそれを作ったかのように自慢気に言った。
“バーテン”と“ウェイトレス”。メタリックブルーにコーティングされた試作機の2体が、愛し合う恋人同士のように、固く、きつく抱き合っていた。
男性型の方は、女性型の頭に顎を乗せるような形で眼を閉じている。
女性型の方は、男性型の胸に横顔を埋めるようにして泣いている。
「むぅ……」
山崎は唸った。
なんという表情なのだろう。
愛する者を抱きしめている喜び。
愛する者に抱きしめられているやすらぎ。
愛する者が死んでいく深い悲しみ。
愛する者と一緒に死んでいける無上の幸福。
それら全てが見事に表現されている。
展示機体のデジタルな表情を凌駕する、圧倒的な迫力が有った。
見た者の思考を一瞬止めてしまう程の、凄まじいオブジェである。
「どうやって忍び込んだか知らねぇが、こいつを作った奴は天才だぜ、山崎」
「うむ。犯人が誰であれ、間違いなく天才的な芸術センスの持ち主だな」
「試作機のコーティングに反対していた中の誰かだろう。気持ちは俺もわかる」
山崎同様、丸山も反対していた一人である。
「市村じゃないか?」
「うん。奴かも知れん。だが市村と同じような思いを持ってる野郎は他にも居るぜ」
市村慎二は丸山の部下で、試作機のコーティングに最後まで反対していた男だ。
「誰にも見られねぇうちに速攻でバラしちまおう。おまえも中身を回収したいだろう?」
「これだけ高熱が掛かってちゃ恐らくAIはもう読み取り不可能だよ」
あの表情を作るには表面のコーティングが粘土のように柔らかくなるまで熱をかけなければならない。
しかもあれだけの作品なら、作業は相当長時間に及んだはずだ。
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