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丸山が工具を取り出そうとした時、突然美貴が叫んだ。
「待ってください!」
美貴の大きな瞳に、今にも零れそうなくらい涙が溜まっている。
「これを、壊しちゃうんですか!?」
「オヤジ(所長)に見られたら犯人探しが始まっちまうからな」
丸山が言うと、美貴が小さな子供のように嫌々をした。
「そんなの、そんなの可哀相です。こんなに固く抱き合ってるのに」
山崎と丸山は顔を見合わせて苦笑した。
まぁ美貴の気持ちも判らなくはない。
山崎でさえ、一瞬言葉を失ったほど見事な作品である。
飛び級で大学を卒業した秀才とは言え、美貴はまだ十七歳の多感な女の子なのだ。
「壊すとこを見たくなかったら、戻ってなさい」
山崎の言葉を無視して、美貴は抱き合った2体に近寄り、その見事な芸術作品に手を伸ばした。
自分のハンカチで、女性型ロボットの頬の中ほどにある涙を一生懸命拭いている。
が、何度拭っても、彼女の流した涙を拭き取ることは出来なかった。
その涙は、両眼下部の硬質ポリマーのコーティングが熱で溶け出し、頬の辺りで冷えて固まったものであった。
宝石のように輝くメタリックブルーの雫。
悲しいほどに美しい、高分子の涙であった。
4章
昼食の後、山崎は展示フロアの入り口でハード部門の若い技師に呼び止められた。
「山崎さん、このキズ知ってます?」
見ると、通用口の鉄扉に何か硬いもので引っ掻いたようなキズが有る。
「何だい、それは?」
「これ、市村さんが見つけたんですけどね、昨日は無かったキズだって」
「昨日は無かった?」
「昨日最終日だったでしょ、だから、夜中にロボット達が『出してくれ~』って。予備のバッテリーで一時間くらいは動けますからね」
「……」
「あれ? 山崎さん、怪談苦手っすか?」
「すまないが市村君を呼んできてくれ」
「やだなぁ、冗談っすよ。どうせ市村さんが自分で付けたに決まってます。あの人そーゆーの好きだから」
「いいから呼んできてくれ」
「わ、わかりました」
山崎の厳しい表情を見て、若い技師は慌てて市村を呼びに行く。
すぐに白いツナギを着た市村慎二がやってきた。
「私に何か用ですか?」
「このキズ、君が付けたんだろ? 悪いイタズラだ」
「違いますよ。見つけたのは私ですが、やったのは私じゃありません」
「じゃあ誰がやったんだ?」
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