PlasticTears2069

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「知りませんよ、そんなこと」  山崎は正面から市村の目を見据えた。  嘘を言っている様にも見えない。 「昨日の夜、君はどこに居た?」 「昨日は閉館した後すぐ帰ったから、七時には家に居ましたよ」 「本当か?」 「嘘だと思うんなら家に電話して女房と子供に聞いて下さい」 「……そうか」 「何なんですか、一体?」 「いや、何でもない。悪かったな」  どうやら市村ではなさそうだ。  訝しげな顔で去っていく市村を見ながら、山崎は不意に、ある一つの可能性に気が付いた。  5章  翌日の夜、自宅から程近い小さなバーのカウンターで山崎は水割りを飲んでいた。  店内は適度に暗く、クラシック音楽が流れている。 (どうかしているな、俺は)  グラスの中の琥珀色の液体を見つめながら、自嘲気味に呟く。  あの時気付いた“一つの可能性”。  それが子供じみた妄想だと言うことはわかっている。  なのに、それを止めることが出来ない。  山崎が2杯目を飲み終わった頃、ドアが開き見慣れた顔が入って来た。 「すいません。遅くなっちまって」  中島はそう言うと山崎の隣に腰を下ろした。 「いや、公休日にわざわざ呼び出して悪かったな」 「で、話って何ですか?」 「中島、おまえに1つ確認しときたいことが有る」 「確認したい事?」 「例のウィルス騒ぎだがな、あの日、俺はオヤジに連れ出されて夕方まで戻ってこれなかった」 「ええ、憶えてますよ」 「本当に全部調べてくれたか?」 「やだなぁ、怒りますよ。僕は沢渡や美貴みたいに優秀じゃないけど、手抜きをしたことは無いです。残りの3体も全部調べてウィルスはちゃんと除去しました」   中島はちょっとムッとしたような顔で答えた。 「プロトタイプの2体も調べたか?」 「えっ!?」  中島はギョっとしたような顔で山崎を見た。 「調べなかったんだな?」 「す、すみません。でも山崎さんあの時……」 「わかってる。“残りの3体も調べろ”と言ったのは俺だ。そのことで責めようとかじゃないんだ」 「じゃあ、一体……」 「あの時、試作機2体はウィルスを調べなかった。ただその事を確認したかっただけだ」  中島が帰った後も、山崎は一人で飲み続けた。  元々それ程酒が強いほうではない。  だが飲みたかった。  今自分が考えていることが如何に馬鹿げた空想か、山崎は良くわかっている。
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