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いい歳をして何を考えているのか?
そんなことが有るはずがないではないか。
そう思う。
だが、その有るはずがない空想に浸ることが、まるでカラカラに乾いた喉に流し込む凍りそうな程冷えたビールのように心地良いのだ。
閉店まで飲んだ後、家に向かう途中で苦しくなり、山崎は電柱の根元に倒れ込んだ。
(こんな無茶な飲み方をしたのは何年振りだろう?)
まだ二十代で独身だった頃に、こういう酒を飲んだこともある。
もう十年以上も昔のことだ。
下を向くと、地面がグラグラ揺れていた。
酸っぱいものが胃から口に向かって食道を逆流して来る。
吐いた。
(沢渡……おまえなのか?)
沢渡の顔が笑っていた。
もう一度吐いた。
沢渡の顔がグニャリと歪み、今度は悲しみに暮れる女性型ロボットの顔になった。
(沢渡、彼等に何をした……彼等は本当に、物から生命に生まれ変わったのか?)
山崎の頭の中で、メタリックブルーの涙は固まらずに流れて落ちた。
終章
よく晴れた日の午後、山崎は倉庫と塀との間にある3mほどの空き地で、空を見ながら煙草を吸っていた。
秋と言うには少々早いが、9月も中旬に入り、一日毎に涼しい風が吹くようになってきている。
「山崎さん」
不意に声を掛けられ、山崎は慌てて煙草を揉み消した。
ここが山崎の秘密の喫煙場所だという事を知っている数少ない人間の一人、島村美貴が立っていた。
「君がわざわざここに来るなんて、何か問題でも起こったか?」
「何か問題が起こらないと私がここに来ちゃいけないんですか?」
美貴に逆に聞かれて、山崎は苦笑した。
自分がここに煙草を吸いに来ているのに、美貴に仕事中だから来ちゃいけないとは言えないではないか。
「私、どうしても山崎さんに聞きたいことがあって……」
美貴が急に真剣な顔になった。
「ずっと聞こう聞こうと思ってて、でも何だか聞き辛くって」
「何だい? 言ってごらん」
山崎がそう言うと、美貴は山崎を真似るように倉庫の壁に寄りかかり、下を向いた。
そして、まるで恋の告白でもするかのように頬を染め、小さな声で話しだした。
「山崎さんは、本当のところはどう思っているんですか?」
「ん? 何のことだ?」
「あの2体……」
美貴はそう言って顔を上げた。
“あの2体”が何を指すかは言うまでもない。
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