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「直感や思い込みで物事を判断するのは危険なことだ」
山崎はそこまで言って、閉じていた眼を開いた。
「だが、科学技術を志す者にとって一番大事なのも、案外そいつかも知れない」
独り言なのか、それとも美貴に向かって発した言葉なのか、山崎自身にもわからなかった。
「今頃どこで何をしているんでしょうか、沢渡さん」
「そうだなぁ……意外とどこかで農業でもやってるかも知れんな」
「まさか。有り得ませんよ。きっと今もどこかで考えてるんですよ、一生懸命」
美貴の言葉を否定も肯定もせず、山崎はただ黙って聞いていた。
一生懸命、何を考えると言うのか?
全てはもう消されてしまっているのだ。
沢渡恭介という天才的な閃きを持つAI技術者も、彼の頭の中に恐らく在ったであろう“CHAOS-BASIC”という幻想も、もうどこにも存在しないのだ。
「私、いつかきっと沢渡さんを探します」
「探してどうする?」
「沢渡さんと一緒に作るんです。今度はウィルスなんかじゃなくて、ちゃんと作るんです、誰も考えつかないような凄いものを。山崎さんも一緒にやりませんか?」
何か細工でもしてあるかのように、美貴の瞳がキラキラと輝き始めた。
山崎は不意に眩しさを感じ、美貴の顔から視線を外した。
美貴の瞳に宿る創造の光は、ほんの少しの切っ掛けさえ有れば、沢渡がその内部に育てた狂気へと変貌していく可能性を持った危うい光なのかも知れない。
しかしまた、人類が新しい未来を切り開いていく力の源となる、希望の光でもあるかも知れない。
それは、かつて山崎が持っていたものであり、今はもう持っていないものであった。
山崎は3本目の煙草を取り出して火を着けた。
軽く吸い込んだ煙を肺の中で数秒あそばせた後、斜め上方に向かってゆっくりと吐き出す。
吐き出された煙は薄く拡散していき、やがて、9月の爽やかな大気の中に溶けて消えた。
大気中に溶けて消えてしまった煙の、その粒子を一粒一粒取り出してまた元の煙を再生する。
そんな事が出来るようになる時代が、いつか来るだろうか?
美貴の誘いにどう答えるか迷うふりをしながら、山崎はそんなことを考えていた。
ー 了 ー
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