シルバリー・カムイ

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貸し切りにするなとお達しがあったものの、実質その店は俺達勇者一行とヒルダ親衛隊しかいないようなもの。俺も慣れない酒を手に、親衛隊達とつい熱く語り合っていた。 「だからさぁ!お前ら親衛隊の姿勢は良いけど推しへのアピールが強すぎんだよ!ファンが推しより目立つのは只の害悪!ファンなら推しをより輝かせるための黒子に徹するべきと知れッ!」 「おお、熱い御高説痛み入る!さすがは勇者殿、オシだのクロコだのはよくわからんが気持ちは伝わったとも!」 「けど海に出て働く傍ら、それを推しへの軍資金に宛ててるのはマジにオタクの鑑。そこだけはそのままのあんたらでいてくれよな!」 「勇者殿に認められるとは恐悦至極!我らも同志として鼻が高いッ!然らば我々もヒルダさんがどれほど素晴らしいか布教させて貰おうではないかッ!」 異世界の北酒場でキモオタと漁師がオタ語り。字面だけで頭痛を起こしそうだが、人生で初めて推しについて語れるという体験に得も言われぬ高揚感を覚えていた。この暑苦しくも狂気じみた応酬に、女性陣は海鮮を味わいつつも困惑したような呆れたような顔をしている。 「お兄ちゃん、なんだかとっても楽しそう!」 「同志を見つけたって顔してるわね。もうアイツ置いてったら」 「激しく言い争ってるようですが、と、止めたほうが良いのでしょうか?」 「姉さまはもう少し騒がしさに慣れた方がいい。あれはただ、大の大人がはしゃいでるだけ」 「うふふ、勇者くん。彼らがそんなに気に入ったならいっそここで漁師として暮らしてみない?」 「いやああの、拙者働くならデスクワークキボンヌでして、海の男ってのはちょっと…」 「聖剣の力で膂力を上げられるくせによく言うよ…」 女性陣の総攻撃に思わずたじろぐも、横を見れば先程まで推し語りをしていた親衛隊が妬ましそうに見ていた。頼むからヒルダから話しかけられたくらいでそんなに敵意を出さないでほしい。 「それで…貴方達。これからの活動のためにいくつかお願いがあるの。聞いて貰えるかしら」 「へい、何なりと!」 「聞きやしょうッ」 威勢のいい親衛隊の声に、ヒルダは満足げに頷く。彼らほどの熱意があれば、たとえ荒海の中へでも飛び込んでいくだろう。 「貴方達には、今まで通り私の灯台の維持。そして港湾の整備をお願いしたいの」 「整備、と言いやすと?」 「万が一の話よ。ここにもし大型船とかが立ち寄った際、補給を速やかに行えるような整備と連携を構築しておいてほしい。…できるわね、私の愛しの親衛隊たち」 「…勿論でさぁ!俺ら一同、いつ何時来ても良いよう備えておきやす!」 「嵐が来ようが、たとえ死んでも港を守ってみせやしょうッ!!」 理由は聞かない海の男達。正直船の下りは俺達も身に覚えがなかったが、それでも彼らの決心には胸がすくような思いだった。
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