生き甲斐を奪われて

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駆けだすこと数十分、目当ての場所に着いたころには全身から汗が滝のように流れていた。己の汗が気化して眼鏡が曇る。俺の隣にいる人はさぞ不快な思いだろうが、正直なりふりかまってなどいられないのだ。俺はそんなことを一人ごちながら、目の先にスポットライトに照らされたステージを見やる。 『AKB(アカバネ)24』。 東京・赤羽で活動をする24人組の、今や国民、もとい、全人類が知りうる所のスーパーアイドルグループ。このCD不況のご時世の中、歌は軒並み大ヒットを繰り返し、テレビを点ければ彼女らの姿を見ない日などないくらいである。俺はそれを、まだ話題となる前の結成当初から熱く応援してきたのだ。実家からの仕送りをほぼ全額、その関連グッズやCDの購入に充てるぐらいには。 「だ、だがもう塩ご飯は勘弁でござる…フヒッ」 しかし悲しいかな、愛で腹は満ちないというのが世の摂理というものだ。あの時はさすがに餓死寸前になり、それ以来食費だけはキープするようにしている。その結果がこのハ○ト様も真っ青なたぷたぷボディなのかもしれないが。 「あっ!出てきましたぞ!」 その時、どこかの同志の叫びが聞こえ、電光石火の早業で俺はリュックの両端のポケットに差し込んであった道具を引きぬいた。 ライブに不可欠なアイテム、ペンライトである。 充電式でLEDのため、光量もなかなかのもの。その上電気もあまり食わず使い回し可能。サイリウムより経済的、液漏れの心配もないと良いとこずくめの相棒である。ステージに俺の生き甲斐たるアイドル達が立ち、輝こうとしているこの今こそ、使わないでどうするというのだ。いつ使うの?今でしょ。 「ユイたそーーー!」 「アイにゃーーーん!」 同志達の推しメンを叫ぶ声に、古参ファンの魂が燃える。神4くらいしか知らないにわか如きに先手をとられるのは、このちっぽけなプライドが許さない。いっそ一息で全メンバーの愛称を叫んでやる。そう思い、脂肪で圧迫されて狭くなった気管に精いっぱい酸素を送り込んだときであった。 「…むっ!足らない!?足らないでござる!」 群衆の中から、猜疑の声が上がる。何が足らないんだ。アイにゃんの胸が足らないのは周知の事実だが。俺の胸肉を分けてやりたいぐらいだが。 そんなくだらないことを考えながらステージ上に目をやると。 「…ガチだった」 20人しか、いなかった。
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