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灯台や神殿も海岸に位置する場所だが、港湾地区はまた違う所にある。マテリア王国の外海から魚介類を獲って生計を立てたり、他の地方と貿易したりと、まさに海を股にかける者たちのオアシスとも言える場所だ。ヴァリシアはどこか暗い雰囲気があるのを否めない土地ではあるが、この港の飲食店街は活気に溢れているように見えた。海霧に烟る通りをぼんやりと照らすカンテラの温かな光と男達の豪快な笑い声が、王都やカフカの里とも違う風情を感じさせてやまなかった。
「なかなかいい所でしょう?ここも」
「ええ。なんだか風情があります」
「ふふ、案内した甲斐があるわぁ。私の馴染のお店もあるから早速行きましょ」
馴染み深い土地だからか普段よりも足取りが軽いヒルダは、二階建ての木造小屋の戸を開いた。中ではむさくるしい海の男達が筋肉自慢や酒自慢をしながら大笑いし、漁の疲れを癒やしているところであった。あまりにもヒルダのイメージとかけ離れ過ぎていて、俺達はつい目を白黒させたが、よく見るとそのメンツの中には見慣れた顔もいた。
「おお!!我らが女神!!」
「こんなチンケな飯屋に来るたぁどういうご了見で!?もしや俺らの怪我を心配して…うう…お優しいことで…」
「あっしらなら平気でさぁ。ささ、ここはあっしら親衛隊にお任せくだせぇ!…おい店主ッ!この店は今から我らが女神、ヒルダ様と勇者一行が貸し切るぜッ!!よそ者は追い出してくんなッ!!!」
やはりヒルダ親衛隊御一行だった。むくつけき男達はやおら色めき立つと、違うグループと取っ組み合いを始めかけたので、ヒルダとセラは同時に手近な男のハゲ頭を引っ叩いた。
「他のお客に迷惑かけちゃダメっていつも言ってるでしょう」
「斯様な狼藉は神官として見過ごせません。神殿まで来て貰います」
「そうそう。貴方達はただ私達の食事代と宿代を払ってくれるだけでいいのよ」
「それは強請なのでは…?」
「す、すいやせん!!…野郎共やめやがれ!仲良く酒酌み交わせとのお達しだ!!止めねぇ奴ぁ親衛隊も辞めてもらうぜッ!!」
ハゲの怒号と共に、一同は人が変わったように静かになり、どかそうとした相手に謝ってからテキパキと席を整え始め、瞬く間に俺達の分の席が用意されたのだった。
「ささ、ヒルダさんどうぞッ!」
「あの、ヒルダさん。この店って」
「ええ。私というよりは親衛隊の行きつけよ。食費が浮くから助かるわ」
ヒルダの魔性、恐るべし。改めてその魅惑の強さに戦慄すら覚えるほどであった。
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