855人が本棚に入れています
本棚に追加
いつのまにか閉ざされていた瞼の向こうから、光が漏れてくる。蛍光灯のような無機質で冷たい光ではなく、まさしく太陽の明るく暖かな光だ。全身を優しい風が包んでいき、その風が鼻腔を通り抜けると、ほのかに花の香りがした。この大都会東京で、ましてや部屋の中で、これは一体どういうことなのだろう。俺は目も開けずに寝ころんだまま、静かに混乱していた。俺はまだ扇風機も出していないしアロマなんて持つ気もないし、その上外は夜だったはずだ。俺は恐る恐る上体を起こし、目を開けた。
するとそこには、俺の知る景色はなかった。
空には太陽が高く昇り、雨雲など見る影もない見事な快晴。俺が伏していた場所は畳ではなく名前もしらない花々が咲き乱れる草原で、建造物一つないその草原の彼方には、青く煌めく水平線が見えた。きょろきょろと周りを見渡してみるが、俺の知っている建物は一つもない。唯一建物と呼べるのは、俺の背後からしばらく行った所にある、円筒状の城壁のようなもので囲われた巨大な住居群だろうか。だが、俺の少ない行動テリトリーの記憶を総動員しても、その中世ヨーロッパの城塞都市を彷彿とさせる建物など思い当たる節がなかった。
「……ここ、どこ?」
俺は東京のどこにいるんだろう。というかここは東京なのか?そもそも日本なのか?考えれば考えるほど、思考は複雑に絡んでいくだけである。
「…こりゃ夢、だな。うん」
そして俺はそんな結論に行きついたのだった。そりゃそうだ。目が覚めたらいきなり見たことのない草原にいただなんて、そんなこと夢以外の何だというのだ。
「いやにリアルな夢だから面白そうだけど…二度寝すっか」
だが、夢だとわかれば興味はない。俺はその場にごろりと横になり、再び瞼を閉じた。夢の中とはいえ心地良い風が吹いているので、デブの俺でもすぐに眠りにつくことができるだろう。そしてその眠りから覚めた時、俺は惨事…もとい、三次元の世界に戻るのだ。生きる希望をなくした、あの冷たい大都会へ。
最初のコメントを投稿しよう!