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そんな瞬間であった。
「顔から手を離して!」
突然どこからか女の声が聞こえてきた。よく通る澄んだ声で、その声にはまだ幼さが残っているのを感じられた。普段女性に声をかけられようものなら一瞬で挙動不審になってしまうのだが、緊急事態だったため俺の体は存外すぐに行動した。変な液体をむしり取ろうとしていた両の手を投げ出し、草原に大の字になる。
「動かないでね。…動いたら顔、抉れちゃうかもしれないから」
「はい!?」
突如聞こえた不穏な言葉を聞き返そうとすると、顔に衝撃が走った。顔が抉れる感覚こそなかったが、心なしか液体の温度が急激に下がったような気がした。
「…って、これって…」
いや、これは気のせいなどではない。俺の耳には確かにパキパキと、液体窒素をかけられた物体が急速冷凍されていく時の音に似た音が聞こえてくるし、俺の顔に伸びる液体の端々が、皮膚がジリジリと痛むほどに冷えている。これはもしかすると。
「…凍ってる、のか?」
刹那、今度は破壊音が液体の向こうから聞こえたと同時に、緑色の液体が晴れて視界がクリアになり、青空がようやく姿を現した。特に痛みも感じないため、顔が吹き飛ぶような惨事には至らなかったらしい。そしてその声の主を探そうと顔を動かそうとした俺の行動は、その液体が発する断末魔によって遮られた。
『ブボルルルルォアアアアア!!』
「ふが!?」
さながら後ろ足で蹴るかのように、その液体は俺の顔を踏み台にジャンプした。俺はまたも草原に転がる。
「な、何をするだァーーッ!」
俺はその液体と、いきなり脅し文句を吹っかけてきた声の主に向かって声を荒げる。そんな俺の目に飛び込んできたのは、やはり、この世のものとは思えない光景であった。
俺の目の前に立つそれは、確かに女だった。
それはいい。だが、問題はそこからだ。
金の縁取りがされた銀色の胸当てをつけているが、防御を固めている訳ではなく、双肩と引き締まった腹部からは白磁の肌が覗いている。肘から手の先までにかけて黒い手袋のようなものをはめ、プリーツスカートのような純白のミニスカートからは、黒いニーソックスに包まれた細い脚が伸びる。
髪はアッシュでショートヘア、しかしもみあげは異様に伸びており、それこそ防御の薄い腰回りまである。極めつけに、その髪の下で鋭利に煌めく双眸は鋭く。その色は左右が金と青だ。
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