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『私には…店を捨てるようなことは出来ないの』
それは父に強制されたわけではない、私自身の選択でした。
小学生の時母が病気で亡くなり、それから放課後過ごす場所はずっと『陸奥屋』と『川見』でした。
陸奥屋の店内を庭のようにして遊び、もちろん屋上も大好き。
中学に上がってからも生活は変わらず、受験勉強の場所も『川見』の奥の事務スペースでした。
幼い頃、父が仕立屋や染物屋へ行くときは必ずくっついて歩き、職人さん達の手作業をじっと眺めていたという私は、元々服飾に興味があったのでしょう。
高校を卒業して、和装の専門学校に進学し、そのまま『陸奥屋』の『川見』で仕事をすることに何の疑問もありませんでした。
兄は迷いなく一般企業に就職していました。
『川見』がこのまま営業を続けるなら、跡を引き継ぐのは私だ、という覚悟が固まりつつあった頃、父が倒れたのです。
『店を捨てろなんて言ってない。僕の仕事は転勤も多いけど、単身赴任だっていいんだ。ー瑠璃子と一緒になりたいんだよ』
そうまで言ってくれた優しい人。
けれど、『川見』と結婚生活の両方を同時に抱え込める程、その頃の私には余裕がありませんでした。
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