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お別れを告げた日、ずっと私の手を握りしめたまま離そうとしなかった大きな暖かい手。
その手のひらが今日包んでいるのは、連れている小学生位の女の子の背中です。
並ぶふたりのよく似た面差し。
ああ、娘さんが…
過ぎた過去と交差する現実に、狼狽している自分がいました。
けれど、たとえどんな想いが胸にあろうと、この『川見』の店内でそれをあらわにすることは出来ません。
「いらっしゃいませ。…ご無沙汰しておりました」
軽く深呼吸をして胸の動悸を押さえ付け、私は改めてご挨拶しました。
一瞬、ほんの一瞬ですが、私を見下ろすその人は悩ましげに眉を寄せ、それからすぐに元の表情に戻りました。
「本当に久しぶりです。元気でしたか」
「はい、変わりなく過ごしております。島崎さんもお元気そうで…こちらはお子さんでいらっしゃいますか?」
「…この子の浴衣を見てやって貰えませんか。欲しがってるんですが、僕にはどうも分からなくて」
丁寧な言葉づかいと、何気ない態度。
浮き足だつ自分を滑稽に感じるほど、その人は自然な様子です。
「はい、かしこまりました。どうぞこちらへ」
私は気を取り直して、どのお客様にもするように目を伏せ小腰を屈めて一礼すると、浴衣コーナーへとご案内しました。
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