夜明け前まで

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「陸奥屋は閉店になるんですね。人づてに聞いて驚きました」    昔と変わらないゆっくりとした語り口で、その人は私に言いました。 「はい、今日が最終日です」 「残念ですね。昔を知っている者としては寂しい限りです。久しぶりに来ましたが、この辺りは人が減りましたね」 「…今、どちらにお住まいですか?」 「T県です。なかなかこちらに来る機会がなくて、K市は6年ぶりですよ。縁日をやっているとも聞いたので、寄らせてもらいました」  はからずも個人的な事を聞いてしまい、はしたない、と焦りましたが、その人は屈託なく答えてくれました。  思えば20年という年月は、過去の苦さを洗い流すのには充分過ぎる時間です。  この人はお客様としていらっしゃいました。  こちらは接客する側です。 「わざわざのお運び、ありがとうございます」  ようやく心を落ち着かせた私は、改めて頭を下げ、くるりと娘さんに向き直りました。  子供浴衣は、立花さまと梨々香さんの側からマネキンを挟んで反対側に、同じようにハンガー掛けで陳列してあります。 「お名前は?」  私の問いかけに、娘さんはくっきりとした二重瞼をしばたかせて、少し恥ずかしそうに答えます。 「…まな」 「まなちゃん、何年生?」 「2年生」 「何色が好き?」 「んー…ピンク」
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