39人が本棚に入れています
本棚に追加
「いえ、先に縁日には行ってきたんですよ。さっき夕立に降られました」
「まあ、それは大変でしたね。…まなちゃん、観覧車には乗ったの?」
「うん、ママとお姉ちゃんと乗ったよ。パパは下で見てた」
チクリ、と胸に走る痛みを無視して、私は笑顔を作りました。
「そう、良かったね。美味しいものは食べた?」
「綿あめと焼きそばテントの中で食べたの。そしたらママとお姉ちゃんは買い物に行っちゃって、まなはパパに浴衣買ってって言ったの」
すっかり打ち解けたまなちゃんは、おしゃまな女の子らしく、自分からお喋りしてくれます。
可愛い…
単純にそう思いながらも、ついに母親になることのなかった自分を憂う気持ちは否めません。
「これで帰るから、着付けはいいですよ」
ふいに、まなちゃんのお喋りを引き取るようにお父さんが言いました。
「えー、もう帰るの?」
「おばあちゃんも待ってるからね。浴衣は花火大会の時に、ママが着せてくれるから」
不満顔のまなちゃんはそれでも聞き分けよくうなずき、一揃え収めた大きな紙袋を自分で持って得意気です。
「ありがとうございました」
店頭までお見送りする私に、一瞬立ち止まり振り返り、そして小さく頭を下げて、その人は帰っていきました。
最初のコメントを投稿しよう!