夜明け前まで

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「いえ、先に縁日には行ってきたんですよ。さっき夕立に降られました」 「まあ、それは大変でしたね。…まなちゃん、観覧車には乗ったの?」 「うん、ママとお姉ちゃんと乗ったよ。パパは下で見てた」  チクリ、と胸に走る痛みを無視して、私は笑顔を作りました。 「そう、良かったね。美味しいものは食べた?」 「綿あめと焼きそばテントの中で食べたの。そしたらママとお姉ちゃんは買い物に行っちゃって、まなはパパに浴衣買ってって言ったの」  すっかり打ち解けたまなちゃんは、おしゃまな女の子らしく、自分からお喋りしてくれます。    可愛い…  単純にそう思いながらも、ついに母親になることのなかった自分を憂う気持ちは否めません。 「これで帰るから、着付けはいいですよ」  ふいに、まなちゃんのお喋りを引き取るようにお父さんが言いました。 「えー、もう帰るの?」 「おばあちゃんも待ってるからね。浴衣は花火大会の時に、ママが着せてくれるから」  不満顔のまなちゃんはそれでも聞き分けよくうなずき、一揃え収めた大きな紙袋を自分で持って得意気です。 「ありがとうございました」  店頭までお見送りする私に、一瞬立ち止まり振り返り、そして小さく頭を下げて、その人は帰っていきました。
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