夜明け前まで

16/30
前へ
/32ページ
次へ
 私にとっての『川見』は、あの人の背中を見ることから始まりました。  最後の日、またそれを見るとは思わなかった…  通路を遠ざかり、やがて物陰に隠れてしまうまで、私はその場から動きませんでした。  午後8時。  閉店まであと30分です。  縁日から戻ってきた池谷さん達が、楽しそうに話しています。 「店長にも見て欲しかったですよ、あのプロレス技」  清水さんがはしゃぎ気味に言いました。 「投げた人、営業部の角田さんですよね?投げられた人は誰なんだろ」 「確か浜中さんよ。どっちかと言えば浜中さんの方が体格いいよね」 「でも倒れたあと、動かなくなっちゃってたじゃないですか」  お祭りの余韻が残っているのでしょう。  営業時間中は私語を控えめにしているふたりが、今日は高めのトーンで会話しています。  私も、それを咎めることはしません。  投げ売りをするような商品を扱う店舗が無いせいもあり、この6階フロアにはやはり人はまばらで、『川見』の店内にもお客様はいません。  きっとこのまま、静かに蛍の光を聞くことになるのでしょう。    終わりの時は、近づいています。 「店長、お電話です」  レジ台の奥から、清水さんが私に声をかけました。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加