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私にとっての『川見』は、あの人の背中を見ることから始まりました。
最後の日、またそれを見るとは思わなかった…
通路を遠ざかり、やがて物陰に隠れてしまうまで、私はその場から動きませんでした。
午後8時。
閉店まであと30分です。
縁日から戻ってきた池谷さん達が、楽しそうに話しています。
「店長にも見て欲しかったですよ、あのプロレス技」
清水さんがはしゃぎ気味に言いました。
「投げた人、営業部の角田さんですよね?投げられた人は誰なんだろ」
「確か浜中さんよ。どっちかと言えば浜中さんの方が体格いいよね」
「でも倒れたあと、動かなくなっちゃってたじゃないですか」
お祭りの余韻が残っているのでしょう。
営業時間中は私語を控えめにしているふたりが、今日は高めのトーンで会話しています。
私も、それを咎めることはしません。
投げ売りをするような商品を扱う店舗が無いせいもあり、この6階フロアにはやはり人はまばらで、『川見』の店内にもお客様はいません。
きっとこのまま、静かに蛍の光を聞くことになるのでしょう。
終わりの時は、近づいています。
「店長、お電話です」
レジ台の奥から、清水さんが私に声をかけました。
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