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呉服屋『川見』の最後の日。
「外は夕立よ。まるで打ち水みたいに」
17時を知らせる館内放送と共に来店したのは、ここ10年ほど、ずっとこの店を贔屓にして下さっていたご婦人でした。
「立花さまいらっしゃいませ。ちょっと失礼致します」
私はご挨拶をしながら、婦人の肩から背中の雨の名残を、手近にあったタオルではたきました。
「あらありがと。大丈夫よ、乾いてしまうわ。それより屋上の縁日が降られて大変ね」
「テントもありますし、すぐにやむ予報が出ていますから。縁日、見に行かれるんですか?」
「もちろんよ。観覧車もミニSLも見納めになるのだから、駆けつけない訳にはいかないわ」
少し悪戯っぽい目を私に見せながら、婦人はバックを拭いていたご自分のハンカチを、くるくると丸めて持っていた紙袋に入れました。
立花さまは、創業した頃から陸奥屋百貨店にご来店頂いていた、ご本人いわく「生粋の地元民」だそうです。
以前からお好きだった書を、御主人の定年退職を機に本格的に始められ、今ではご自分で教室を開いて、生徒さんをたくさん抱えていらっしゃいます。
「和装に目覚めたのもそれがきっかけなのよ。遅咲きの花もいいところね」
口許に手を当て、それこそ花のように笑うその方。
『川見』の、個人の上得意様で、私の大好きなお客様でもありました。
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