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弾みに1歩、前に足が出ます。
「でも、あちらはご家族のある方だし…」
一番気にしなければいけない理由を取って付けたように口にして、弱々しく最後の抵抗をした私に、梨々香さんは事も無げに言いました。
「だから、それを聞きに行くんじゃん」
私には、これ以上逆らう言葉はありません。
その後押しを言い訳にしながら、実はあの人がひとりで宙を見上げている姿を目にした瞬間に、もう心は決まっていたのかもしれません。
梨々香さんを振り返らず、私はゆっくりと、ベンチに近づきました。
胸の鼓動が早くなります。
何て声をかけよう…
なるべく自然に、どうしたんですか?こんなところで…こう言えばいい。
それで思わしくない顔をされたら、すぐに立ち去ればいいんだ。
けれど、あらぬ方向を向いていたその人が私に気付き、驚いた表情で腰を浮かしたことで、あれこれ考えていた全てが吹き飛びました。
「…るりこ」
呼ばれた、私の名前。
その響きは昔と変わらず耳から胸に染み込み、疼きとなって全身を駆け巡ります。
「店は」
硬直する私に、その人がもっともな事を聞きました。
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