夜明け前まで

29/30
前へ
/32ページ
次へ
「拠り所だったって言ってもね、ここにはあれ以来、数えるくらいしか来てないんだ。離婚したあとはなおさら寄りつけなくなった。君は当然結婚してると思ってたし、見るのは辛かった。…情けない話だよ」  蛍の光は、流れ続けています。 「愛奈が浴衣をねだってきた時も、僕は最初、違うフロアに行ったんだ。でも気に入るのがなくて、ぐずる愛奈に追い立てられて川見に行ったようなもんだよ。行ってすぐ後悔した。君は昔と同じに前を向いて仕事をしていて、ひどく自分が惨めに感じたんだ」 「透さん…」  懐かしい、名前。  思わず口にしていました。 「なのに…子供たちを見送ったあと、また戻ってきて…。何やってんだろうって思いながら去り難くてね。…瑠璃子」  もうその呼び声を聞くだけで、くらりと目眩がするようでした。  おそるおそるその人を見ると、ベンチに腰を下ろしたまま真っ直ぐ私を捉えています。 「どうして君は、ここに来たんだ。…いや、期待してなかったって言えば嘘になるけど、さっき君の姿を見たときは本当に驚いた。店を置いてくるはずないと思ってたからね」 「…それは」 「それよりも…聞いていいかい?どうして君は、ずっと独りだったんだ」  
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加