夜明け前まで

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   元来呉服屋というものは、百貨店の中でも集客力の低い店舗です。   和装がメインの年中行事……成人式、七五三などもレンタルで済ます風潮の昨今。   仕方のないことと言ってしまえばそれまでですが、やはり寂しいものです。  ましてや『川見』は、ノスタルジー流行りの波に乗れるような、大手チェーンの呉服屋ではありません。  歴史だけは古く、私の曾祖父が語っていたところによれば、江戸時代に創業された頃は近辺で一番流行っていた呉服屋だったそうですが、それも今は昔。  きらびやかで個性的な和装が、廉価な量産品で出回るようになれば、昔ながらの店は廃れるのが世の流れというものらしく、一店舗営業から百貨店店舗へと、父の代で思いきって方向転換しても、売り上げがガンと伸びるということはありませんでした。  それでも、細々ながら店を畳まずに続けて来られたのは、私たち店舗側の努力というより、立花さまのような、陸奥屋百貨店の『昔ながら』の客筋と、社長以下経営側の方たちの温情によるものが大きかったように思います。  立花さまは、閉店セールの賑わいに少しだけ乗ることが出来た『川見』の店内を、いつものようにゆったりと見て回っています。   私が合わせてマネキンに着付けた着物や帯を眺めたり、反物を手に取り、鏡の前でご自分の肩から生地を当てて、柄を吟味したり。   そうして、しみじみと仰いました。 「残念だわ。今日でこのお店ともお別れなのね」
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