夜明け前まで

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「はい、私もそう思ってます。いつも気にかけて頂いて、ありがとうございます」 「水くさいわねえ。この店の行く末とあなたの事は、私には他人事ではないのよ」  その言葉通り、立花さまには本当によくして頂いていました。  先代になる父が50歳半ばで脳梗塞で倒れて麻痺が残り、まだ20代だった私が店の跡を継いだ頃のことから、陸奥屋の閉店が決まって、父がストレスからまた入院したことまで、つい愚痴めいて話してしまうほど、近い距離にいるお客様だったのです。  幸いなことに父の病状はさほど悪くならず、同居してくれている兄嫁の賢さもあって、やっと穏やかな日常が戻りつつありました。   「立花さま、こんな具合でいかがです?」  立花さまが選ばれたのは、薄いブルー系の桜渦柄の生地でした。  それに私が合わせたのは、藤色の波の模様が入った袋帯に、帯揚げと帯留めは濃灰。  夏の着付けは、帯揚げの量は少な目に。  その方が涼しげに目に写ります。  上背があり、細すぎない立花さまのピンとした立ち姿に、いつもながら見惚れてしまいます。 「あら、いいじゃない。とてもすっきりしてるわ。この帯なら、こっちの生地も良さそうね」    立花さまは横に避けておいた何本かの反物のうち、銀鼠の夏草柄の一本も手に取りました。 「じゃあ、今着てるこれと、これ。仕立てはお任せしていいのよね?」 「はい、急いでもらえるように手配してありますので。毎度ありがとうございます」
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