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ナンシーは闇を恐れた。深い闇を嫌って、家中のロウソクを灯していた。
眠る間際まで鼻歌を歌い、眠ってからも灯りを消さなかった。
まるで、闇と静寂から逃れるように。
仕事に出掛ける時、ナンシーが漏らした言葉、「怖い……」が忘れられない。
寂しいではなく、怖い──
闇と静寂を恐れたナンシー。
蓄音機と白熱電球の発明は、妻ナンシーのためにあったといえよう。
仕事人間の夫に絶望したナンシーは、1884年に短い人生の幕を閉じた。
「思えば、駄目な夫だったな」
ナンシーの写真立てを見ながら、懺悔の言葉が漏れた。
不思議だ。何故このようなことを想い出しているのか?
濃い静寂を嫌悪した私は、いま録音した内容を聴くことにした。
『昏い闇を追い払ったのであります──』
口述が終わり無音な筈なのに、微かな音が録音されていることに気が付いた。
それは鼻歌だった。抑揚のある微かなメロディ。
〈ふんふんふ~ふ~♪〉
ナンシーの鼻歌に似た、甘く心を浮つかせる旋律。
そして、
『アルバ、こちらへいらっしゃい』
私の名を呼ぶ声が、はっきりと聴こえた。
それは亡くなったナンシーの声だった。
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