第1章

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神様は、どうしてこんなにも何度も試練を与えてくるのだろう。 私は、何度眠れない夜を繰り返しすごし、食欲を失い、彼を思えばいいのか。 世の中には普通にみんな結婚をして幸せになっているというのに。 順調に子どもを産んで、家を建てて、車を購入しているひとが大勢いるというのに。 どうしてそのクジは自分に当たらないのか。 私の前から突然いなくなってしまった彼を思い出しながら目を潤ませるのはごめんだ。 私は部屋の電気を消して、デスクの上にあるライトをつけた。 ぼんやりと明るくなった部屋の中で、パソコンの電源を入れる。 ベッドの上で熟睡したのはもう何日もない。 どうせ眠れないなら、仕事をしようと画面を見つめる。 原稿を書く気にはさらさらなれない。 だが、昨年デビュー作を出してから、まったく作品を出していない私を、編集者は愛想をつかすこともなく相談に乗ってくれる。 デスクトップが立ち上がったが、そこに浮かぶ写真を見てまたうっすらと瞳に膜が張るのを抑えられない。 たった一か月前に行った房総の海。快晴だったものの、素足が海水に浸ると小さく悲鳴が漏れる冷たさがあった、五月の終わり。 あんな日々が二度と来ないことは、私の胸を残酷に切り裂いていく。
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