第1章 出会った私たち

15/15
前へ
/206ページ
次へ
「僕は、メールでも少しお話しましたが、メーカーで総務の仕事をしています。転勤でこの近くに配属されたのが3年まえですかね」 当たり障りのない会話を続けていると、すぐに飲み物とパスタが運ばれてきた。 夏樹はこういう場合、いつもどうすればいいのかまず迷う。 皿に取り分けるべきか。乾杯するべきか。 視線を感じてカウンターを見ると、マスターらしき太った男と目が合った。 頷き、ウィンクをされる。 「分けますね」 「あ、ありがとうございます。では、乾杯もしましょう」 小島が、飲み物を各自の前に置くと、夏樹がパスタを取り分けるのを待った。 「では、乾杯。わー、おいしそうですね。いただきます」 ビールをごくりと一口飲んだ後、小島は胸の前で手を合わせていう。 「いただきます」 つられるように、夏樹も手を合わせた。 メールで感じていた好感は、これだったのだ。 小島の礼儀正しさに、夏樹は舌を巻いた。食べ方ひとつを見てもそうだ。 八枚にきられているピザのひとつを丁寧にとると、豪快に、しかし皿を汚すこともなく口に運ぶ。 おしぼりで一度手をふくと、「おいしいよ、これ」と言って笑顔を見せる。 年齢がひとつ下だからか。少し弟のような錯覚をするが、夏樹は自分の心に逆らうことができなかった。そして、思った。 私は彼に、恋をする。
/206ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加