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何度この軽い口調に流されそうになったか。
しかし、彼はこれは普通なのだ。しかも、女でもなく男にでもこう。彼に会いにきてといっているわけではなく、心から、この土の匂いを好きでいてくれる人間が好きなのだ。
「じゃあ、この土をどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
テーブルの上に、粘土の塊が置かれる。鞄を棚に入れ、シャツの袖をめくった。カメラも置くと、夏樹はそれを両手で掴み、専用の板の上にうつす。
両手ですっぽり収まるくらいの土を、パンをこねるようにして練り、手に水をつけてまたこねる。
「ちょっと僕は母屋に荷物を取りに行くので自由にやっていてください」
「はーい」
夏樹は、窓の外から見える彼の後ろ姿を目で追いながら、こねる手に力を入れた。
東の家を訪れるようになったのは、夏樹が今の会社とライター契約を交わして一年が過ぎた頃だった。
そもそも、ライターの仕事を始めるようになったのは、作家としてのデビューを飾ったものの、本が売れるようなことも名前が知られるようなこともなく、ひっそりと廃本になっているのを目にした時だった。
書いても書いても、編集者には見向きもされず、最後はダメ出しをされるポイントさえもらえなくなった。
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