8人が本棚に入れています
本棚に追加
これは夏樹にとっても想定外だった。
こんな雨の中、出てこないということは相当怒っているということだ。
今までにミスを出したことはあったのだろうか。
どうしても今日謝って許してもらえなければ、ニンニク講座はお手上げだ。
内田にもどうごまかすことが出来るだろう。
もう一度チャイムを鳴らし、応答がないことにますます心臓が高鳴ってくる。
「先生ー、地域情報誌でコラムをお願いしている編集から来ました。原稿にミスがあってお詫びに伺いました。いらっしゃいますか」
奥で、物音はしているようだが、一向に出てくる気配はない。
雨脚はますます増してきて、空は一気に暗闇に包まれていく。
遠くで雷が鳴り始め、一瞬雲間に光が走る。
足元に震えが走ると同時に、恐怖で喉元にすっぱいものがこみ上げる。
車の中で待ってしまうと、出てきた時に失礼だろう。
だが、雷は大の苦手だ。
扉を軽く、こぶしで叩いてみる。
「先生、すみません」
風が出てきた。頬に小さな雨粒が飛び、ストッキングが濡れて湿っていくのが分かる。
それでも、ここを離れる度胸はない。いつもそうだ。
夏樹が動けないのも、意見を言えないのも、度胸がないのだ。
最初のコメントを投稿しよう!